レポート

コシヒカリの祖先「亀の尾」?!
ごはんの時間 第4回~おむすび昔話・田舎編レポート~

by 2017年4月 1日 10:36 PM

ごはんの時間 第4回「おむすび昔話・田舎編」

先日、ニューロ吉祥寺にて、金井一浩さん(金井米穀店)と共にニューロカフェが企画する講座「ごはんの時間 第4回」が行われました。

お米を通して食文化を学ぶ「おむすび昔話・田舎編」ということで、江戸後期から明治初期の頃、農村部で食べられていたであろうおむすびを再現しつつ、日本の食文化の流れについてお話を伺いました。

様々な世代の参加者がいたため、それぞれの幼少期に食べていたものや給食についてのトークも盛り上がりました。

農村では白米は食べられていなかった。

前回の「おむすび昔話・江戸編」では、江戸時代に入り、江戸や大坂などの都心部を中心に、身分の高い人々の間で白米が広まっていった、というお話を伺いました。しかし、農家の人々は米は「税」だったので、自分たちではそれほど食べることができなかったようです。精米技術も乏しく、ハト麦、ヒエ、アワなどの雑穀に混ぜて、今でいう五分つき程度の米を食べていたのではないか、と考えられるとのこと。
今回は、品種改良をされる前の原種の米とされている「亀の尾」というお米を炊きました。

戦後の食糧不足と品種改良

今回炊いた「亀の尾」というお米、現在流通しているコシヒカリ、ササニシキ、あきたこまちなどの祖先となる品種で、酒を作る為の米としても古くから使われていました。しかし、戦後の食糧不足の時代、少しでも収穫量が多く病気に強い品種が求められ、新しい品種が次々と開発されたため、亀の尾の生産はほとんど行われなくなったそうです。(漫画「夏子の酒」の中で登場する幻の酒米のモデルが亀の尾です。)

70年余りで変わりすぎた日本の食生活

戦後の食糧難をのりこえ、経済成長を遂げた日本は飢えの時代を乗り越えました。それに加えてアメリカの小麦輸出戦略もあり「パンの文化」が急速に広まり、この70年余りで食生活もがらっと変わりました。
給食に毎日コッペパンと脱脂粉乳が出されて育った人、箸ではなく先割れスプーンを使って給食を食べていた人、食器がプラスチックから陶器に変わった、など参加者それぞれの実体験も興味深かったです。給食は時代を反映しているかもしれません。

自分たちの前の世代が食べていたものを知ること

動物のDNAというものは、1000年くらいの単位で変化をしていくそうです。
70年余りのわずかな時間で急激な変化を遂げた日本人の食生活に、私たちのDNAは対処できているのでしょうか?
その答えはすぐにはわかりませんが、まずは今の当たり前を取っ払って、一昔前の人々が何を食べていたのかを知ることが大事だな、と感じました。

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次回の「ごはんの時間」はスペシャル版。
吉祥寺から飛び出し、長野県駒ケ根市に場所を移して田植え体験を予定しています!より身近にお米のことを知れるチャンス。

詳細は、当ホームページでお知らせ致します。お楽しみに。


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